【羽村市】室町幕府・将軍足利義満ゆかりの古刹 羽村市「禅福寺」が今に伝える悠久の歴史
「妙徳山 禅福寺」は、室町幕府の第3代将軍・足利義満との深いゆかりを持ち、何度も火災に見舞われながらも現在まで受け継がれてきた、地域の歴史を象徴する寺院の一つです。
寺号:妙徳山 禅福寺(みょうとくさん ぜんぷくじ)
宗派:臨済宗建長寺派
本尊:文殊菩薩
文化財:羽村市指定文化財(山門)

将軍・足利義満が認めた名僧が開山
禅福寺は、臨済宗建長寺派に属する寺院です。山号は「妙徳山」と称しますが、古くは集落の地名(田上)にちなみ「田上山」とも呼ばれていました。その歴史は南北朝時代の応安5年(1372年)にさかのぼります。当時の将軍・足利義満は、建長寺の無二法一禅師に深く帰依していました。義満は禅師を拝してこの寺を開山とし、広大な寺領を与えるとともに、諸役を免除したと伝えられています。その後、江戸時代に入っても足利氏の例にならい、幕府から高十三石の朱印が与えられ、引き続き諸役免除の特権を維持していました。
火災を乗り越え受け継がれる「市指定文化財の山門」と本尊
幾重もの歴史を重ねてきた禅福寺ですが、その歩みは決して平坦なものではありませんでした。後年、数度にわたる火災により諸堂は焼失し、貴重な寺宝や古記録の多くが失われるという苦難に見舞われました。しかし、幾多の試練を乗り越えた境内には今も荘厳な空気が漂っています。
■本尊・文殊菩薩
「智恵の仏様」として知られる文殊菩薩が本尊として祀られています。
■市指定文化財の山門
境内に立つ山門は、羽村市の指定文化財となっており、歴史の重みを伝える貴重な建築物として親しまれています。

室町時代(寛正3年)建立と伝わる「四脚門」
説明板によると、禅福寺は応安年間(1368〜74年)に足利義満が建長寺の無二法一禅師に深く帰依して開山されたと伝わります。境内の入口で参拝者を迎える山門は、寛正3年(1462年)の建立と伝わる歴史ある建造物です。
■建築様式
古くから「薬医門」とも呼ばれてきましたが、正確には「四脚門」という構造です。
■歴史的価値
木鼻や蟇股などの装飾の一部は失われているものの、山門自体の焼失・破損記録が無く、風化の状況からみても室町時代中期に建てられた遺構であると推定されています。
幾度もの火災によって本堂や貴重な寺宝が失われてきた禅福寺において、この山門は奇跡的に過酷な試練をくぐり抜けてきた貴重な存在です。
現在では羽村市の指定有形文化財に指定されています。

江戸時代の文人・大田南畝(蜀山人)も訪れた地
この山門には、江戸時代の歴史エピソードも残されています。文化6年(1809年)6月、江戸時代を代表する文人・狂歌師として知られる大田南畝(蜀山人)が、多摩川巡視の途中に禅福寺を訪れました。南畝はその際、山門前に立ち、門の前に建っていた「塔婆」を目撃した様子を記録に残しています。かつて江戸の文人が眺めた風情あふれる景色に、今も思いを馳せることができます。

地蔵菩薩立像
羽村市指定文化財である山門のすぐ手前、立派な木造のお堂に守られるように佇んでいるのが、石造の地蔵菩薩立像(お地蔵様)です。
■佇まいと特徴
右手に宝珠、左手に錫杖を持つ伝統的な立像スタイルで、蓮華座の上に静かに立たれています。赤いよだれかけと帽子を身にまとい、地域の人々から大切に手厚く供養されていることが伺えます。
■参拝者をあたたかく見守る存在
山門を潜る直前に位置しており、禅福寺を訪れる人々を一番最初にあたたかく出迎えてくれる象徴的な存在です。古くから旅の安全や地域の平安を見守ってきた、親しみやすいお地蔵様として参拝者に親しまれています。

整然と並ぶ「六地蔵尊」
六地蔵とは、仏教の「六道」という6つの世界で人々を苦難から救う地蔵菩薩のことです。こちらでは地持地蔵や金剛地蔵など六体の尊名が石台座に刻まれており、赤いわらべ帽子やよだれかけを身にまとった穏やかな姿で親しまれています。参拝者をあたたかく出迎えるとともに、訪れる人の心を優しく和ませてくれる静かな祈りのスポットです。

人々の信仰を集める「根岸地蔵」
古くからの地名に由来する「根岸地蔵」は、地域の人々から「根岸の地蔵さま」と愛され、深い信仰を集めてきた存在です。創建の時期や経緯は分かっていませんが、ご利益があるお地蔵様として大切に守られてきました。近年まで「地蔵講」の伝統が残り、毎年9月24日の縁日には人々が集まって念仏を唱え、芝居もかかるほどのにぎわいを見せていたようです。

かつてはこの付近に「かんなんどう(観音堂)」と呼ばれた建物や墓地もありましたが、現在は地蔵堂を残すのみとなっています。また、お堂の隣には安永8年(1779年)にすべての霊を供養するために建てられた「万霊塔」が佇んでいます。なお、根岸地蔵はもともと根岸街道沿いにありましたが、令和8年5月に禅福寺へと移設されたそうです。

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